2015年08月06日

通常通り

 広島原爆忌もいつも通りに海原稿。
 昔はこの日に合わせて、テレビ各局ともに戦争特集を流したものだが、今年はもうNHKくらいしか放映せず。ニュースの中で取り上げるが、広島で行われる原爆関係の儀式や集会を流す程度で、お金をかけて特番を作ることはなくなった。
 毎年、テレビ局のアナウンサーが、日本人が戦争を忘れていくと嘆いているが、なんのことはない、自分たちが忘れていっているのだ。
posted by 匿名希望の茅ヶ崎人 at 23:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

別に日本だけが悲惨だったわけではない

 今日の海原稿は、いつもより三十分ほど遅れて出発。書いた内容もちょっとまとまりがなかった。少し寝不足気味なのも悪いだろう。

 池上彰さんの戦争特集を、早送りしながら流し観する。基本的に、私程度でもこの手の特集は突っ込みどころがわかるので、あまり期待してはいないのだけれど、震洋や伏龍が観られたのはよかったところ。
 ところで、得意分野の面では、ガダルカナル航空戦で日本のパイロットが使い捨てされたという話で、出演者がひたすらに悲惨だ悲惨だと言っていた。が、別に日本だけが悲惨な目に遭っていたわけではないのだ。
 ガダルカナルを守る側のアメリカ軍でも、パイロットが次々と墜とされて亡くなっている。ここは双方のパイロットが大量消費されていく、一大消耗戦の地だったのだ。
 それでもアメリカ軍がここを死守できたのは、日米で開戦する前からアメリカ側が戦争に備えてパイロットの大量育成を始めていたからだった。今ざっと調べたところ、1940年から本格的に育成を開始。当初目的は十万人とのこと。それに対して日本側は、開戦の年である1941年でもパイロットとして選ばれたのは五百数十人。この後、大量育成に着手するのだが、連合軍ほどの大量育成はできず、戦争末期には払底した戦闘可能なパイロットの代わりに未熟なパイロットの特攻へと進んでいくことになる。その頃、アメリカ軍では生き残った新人パイロットが経験を重ねてベテランへ成長して、戦地で、日本上空で猛威を振うことになったのだ。
 そのことを如実に表す数字がある。日本軍が敗戦までに失った航空機搭乗員は三万四千人。それに対し、アメリカ軍が失った搭乗員の数字は、半分以上が欧州戦線でだそうだが、十万人を下らないそう。それだけの戦死者を出しても、最終的には大勢のベテランパイロットが育って枢軸側に勝ったのは、枢軸側よりもはるかに効率的な大量育成のシステムを作ることができたからだ。
 日本の三倍以上のパイロットを失っているアメリカ軍。これを悲惨と言わなくてなんだろう。
 ちなみにイギリス空軍でも、爆撃機乗りが二万人ほど戦死しているそう。第二次大戦前から、次の戦争では敵国を戦略爆撃して勝つとプランを練っており、ドイツとの戦争では大量の若者が戦死すると予想されたが、勝てればそれでよし、とされたのだ。
 彼らは結果的には勝ったから、悲惨とは言われない。日本は負けたので、悲惨だと言う事が出来る。だが勝ったからとて悲惨ではないわけではない。悲惨だと言っても大手を振って歩ける日本に生まれたのだから、この様に勝った側の悲惨さを学んで訴えることができるわけだ。
 まぁ実際のところ、攻め込まれれば戦って抗わないと、基本的人権はおろか命さえ奪われかねないのは変わらないが、この季節限定の戦争特番を観てだまされたり安っぽい悲惨さに心打たれたりせずに、私はちゃんと知ってるぞと胸を張って言えるようにはなります。子供にも何がしかを教えてあげることもできます。
 それが教養というものだと思いますが、如何でしょうか?

 今回、こちら(http://plaza.rakuten.co.jp/intisol/diary/201208170000/ http://www.general-support.co.jp/column/columun17.html http://stanza-citta.com/bun/2008/04/30/66 http://usnp.exblog.jp/6581992/)の記事を参考にさせていただきました。感謝します。
posted by 匿名希望の茅ヶ崎人 at 00:14| Comment(0) | TrackBack(0) | おたく的批評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする