2017年07月05日

結局は日本死ねっていう人たち……

 昨日は海資料。台風が来るというので行っておく。猫のところに行ったけれども、暑いのでちょっとだけ出てきてくれてすぐに車の下へ引っ込んだ。
 今日は、予報では夜まで降らないけれども、わからないので歩いて買い物。
 女性の国会議員が、職場にある託児所へ行くのに公用車で一緒に移動するのが、許せないという人がいたという。この国会議員は、それに怒ってなのかわからないけれども、それならベビーカーで1キロ歩いて行くと言い出したらしい。擁護する識者の意見は、特に見かけない。
 はて。
 この国では昨年、「保育園落ちた、日本死ね」という言葉が流行った(もしくは流行らせようとした)んじゃなかったか。それに賛同していた人が、こちらも国会議員含めて、いたんじゃなかったのか。
 この言葉に則れば、子供とその養育者の安寧は、一国を滅ぼしたいという巨大な怨念とイコールで結ばれるほど、重要で重大な問題であったはずだ。待機児童の母親は、私に対しても、これを読んでいるあなたに対しても、殺意を抱いても仕方ないという共有意識を国民の間で広めるべきだ、というのが「日本死ね」という言葉を流行語にすべきという主張の根幹にあったはずだ。
 それで、今回の問題である。保育所や託児所は、向こうからやってきてくれるわけではないから、送っていかなければならない。保育所へ入れれば、そこへ子供を連れて行く。保育所へ連れていけないのであれば、入れないのと同じこと。ならば、この国会議員が子供を保育所(この場合は託児所だ)に、法律で認められている方法で安全に(国会議員は要人なのだから、誘拐や脅迫の恐れがある)連れて行くのはけしからんという主張は、許されないものなのではないのか? こんなことがまかり通るくらいなら日本は滅んだ方がいいと、日本死ねという言葉に賛同した人々は大いに語るべきではないのか。
 この件に関して、ユーキャン流行語大賞の選考委員の方々が揃ってだんまりを決めているということは、あの日本死ねっていうのは結局、保育園が落ちたとかいう前段は重要な問題ではなく、単に日本死ねという言葉を日本人の間で広めよう、それを正義の言葉として自らの内心から発出する言葉として定着させようという悪意ある行為だったんじゃないですか。
posted by 匿名希望の茅ヶ崎人 at 02:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする