2014年03月14日

移民の導入?

 今日はトマス・M・ディッシュの短編集「アジアの岸辺」(国書刊行会)を読む。この本は正に、「私が書きたいと思う小説」が載っていて、精神状態によっては「オレはディッシュとして生まれたかった」とさえ思うのだけれど、それは置いといて。
 自民党が移民を毎年二十万人ほど入れて就労人口を維持しようという話を始めたらしい。ディッシュの短編に毒された私などは「さあ、イボイボの付いた肩当てと金属バットを買いに行かなきゃいけないのかな」とか考えたのだが、真面目な話をすると、未だに濃いコミュニティーを形成して内部と外部を規定したがる日本人に、移民を導入した社会を作れるのかどうか疑問に思う。
 ここでいうコミュニティーとは、地方自治体だけではなく、会社や職場という単位も含まれる。
 例えば、職場に外国人が来たとして、その外国人と仲良くなれたとしても、移民全体に対して日本人は親しくなれるだろうか、という疑問がある。
 日本人は、礼儀正しいが、その礼儀の中にはコミュニティー内の異分子を排除するための行動も含まれる。
 また、弱者の意見が声高に叫ばれる傾向のある現代において、移民という弱者からの意見と日本人の主張する意見がきちんとすり合わせできるのかどうかも疑問に思う。というか、日本人の側が正当な主張をしても、移民側の主張を退けるのは差別だと騒ぎ立てる輩が出ることは目に見えている。そうした論争の中で、日本人側が断固として主張を続けることができるのか。なあなあで済ませた挙句、数十年後に問題が先鋭化して、ドイツにおけるネオナチみたいな過激な集団が跋扈するような事態へと悪化するのではないか。

 ……などと負の想像力とディッシュを読みすぎたせいで湧き上がる悪意を取り混ぜると、「イボイボのついた肩当て云々」となるわけです。
posted by 匿名希望の茅ヶ崎人 at 00:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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