2017年04月17日

やばい「月がきれい」

 世間では、飛んできたミサイルを撃ち落とすことすら「戦争参加」になるからやめるべきという人がいる。憲法九条を守るために、都市に飛んできたミサイルをむざむざ落とさせろという主張だが、それって、天皇制を守るためにどんどん特攻隊を出した軍部とどこが違うんだと思う。何かを守るために人間を犠牲にせよという考えを未だにする日本人は、第二次大戦で何を学んだんだ。

 ところで、アニメ「月がきれい」はやばい。
 並みのラノベ原作アニメやラブコメアニメなら、主人公は自分とはかけ離れたキャラなので視聴中では赤の他人、全くの絵空事だと安心して観ていられる。どんなに主人公がもてようと、いい目を見ようと、自分とは異なる存在の話だと思っていられる。
 だが、月がきれいは、リアリティのレベルがぐっと近い。もしかしたら自分にもこんな人生が、と思わせられるラインで設定されている。下衆な話を書くと、お金を稼ごうとして作られている作品なのだから、現実とは少し違う世界を描こうとされている事は他の作品とは変わらない。だが、その違う部分、現実との差がかなり少ない。
 これはやばい!
 主人公がヒロインといい関係になっていくと、嬉しくなる。だが番組が終わると愕然とする。オレにはあんな彼女はいない、いなかったと知って愕然とする。人生損している気持ちになる。自分にもあんな甘酸っぱい青春があってしかるべきだと思い、後悔してしまうのである。
 だが待ってほしい。「月がきれい」は娯楽作品なのである。自分とは異なる架空の人物の話である。視聴者が観たいと思うものを見せる商業作品なのである。テレビで観たい、作品のブルーレイを買いたい、と思わせるには、視聴者が現実では滅多に味わえない物語を作る必要がある。現実と全く同じでは、観ないし買わない。テレビの前から離れればいいからである。テレビの前から離れると得られない物。それがアニメである。
 だから、こんな甘酸っぱい青春は、大方の視聴者は現実では味わっていない。平均的な日本人は、こんな体験をしたことがない。
 ……と、ここまで考えてようやく落ち着くことができる。作品世界のリアリティから、現実の世界へとようやく戻ってこられる。
 このギリギリのラインは、やばいですよ。現実に帰ってきた時の喪失感がすごい。このアニメの主人公にならなれたんじゃないかな、という誤解がまだ解けない内の、人生にぽっかりと開いてしまった穴が幻覚として見えてしまう。
 これはすごいことだね。自分が書くような傾向のものではないけど、とりあえずしばらくの間は毎週体験できるのは嬉しい。
posted by 匿名希望の茅ヶ崎人 at 00:11| Comment(0) | TrackBack(0) | アニメ雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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