2015年07月13日

アニメ版「干物妹! うまるちゃん」第一話を観た

 さて、ネットで面白いと話題になったマンガ第一巻を探しに走り、思わぬところでゲットしてから幾星霜。ついにアニメが始まりました、うまるちゃん。感動した余韻のままにだらだらと感想を言いますと……

 干物モードのうまるちゃんの等身は、最新刊よりも若干高めなんですね。第一巻寄り。個人的には、どんどん等身が低くなっていく絵柄の変化が干物妹の小動物化に一役買っていると感じているんですが、アニメだと如何に?
 うまるちゃんが兄の家に来た当初の姿が出たり、要所要所で時間を埋めるのも兼ねて補完されている部分があるのが嬉しいところ。声も癖のある感じの声優さんを使っているのがとてもよい。
 放送予定では、マンガよりも早い段階で他のキャラが出てくる模様。ということは、そのキャラに合わせたうまるの新キャラ化も出てくる。私が好きなのはきりえちゃんの時になる師匠だけれど、それはともかく増えていくうまるちゃんキャラの魅力がどう動くのか楽しみ。
 ネットで連載されているうまるちゃんSがCMでアニメになっているのが一番のサプライズ。まさかこれが観られるとは思わなかった。
 うまるちゃんでは、あちこちに何らかの伏線が仕込まれて少しずつフラグを立てていってるんですが、これがアニメではどういう扱いになるのか今後に注目。
 と、そんな感じで二回目の視聴を録画で見ながらの感想でした。
posted by 匿名希望の茅ヶ崎人 at 23:34| Comment(0) | TrackBack(0) | アニメ雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年07月12日

アニメ「GATE〜」第二話を観て思い出した

 アニメでは禿鷲がいろいろ突いていましたが、かつてアイルランド詩につかわれていたケニングという代称を思い出しました。西暦1000年ごろに使われていたこの手法では、禿鷲という言葉を使う代わりに「血を好む白鳥」または「死者たちの雄鶏」と言ったそう。
 ちなみに「鷲どもの饗宴」は戦いの意味。「鴉どもの喜び」「鴉の嘴を赤くするもの」は戦士。「剣の織物」は死。「剣の会議」「剣の嵐」「槍の歌」などなどは戦いを意味します。
 鳥は実に中世らしい景色でした。
 でもあまり放ってくと、地球人に耐性の無い病原菌とかがパンデミックしそうで怖いですね。

 二話では、砲兵が大活躍で、実に正しい戦争をしていて満足です。怪獣映画だとたいてい、最前線に突っ立ってあっけなくやられる役ですが、本当はすごいんです。歩兵を運ぶ車輛が装甲化されたのは、移動中に砲撃や爆撃でやられるのを防ぐためで、最前線での防弾はそこまで考慮されてないとのこと。装甲があるのと無いのでは、戦場に着くまでの歩兵の損耗率に大きな違いがあるそうです。砲兵というのはそれだけ怖いのです。
 更に細かい話をすれば、敵に近い位置に着弾観測手が隠れていて、水平線の下に隠れて見えない目標への砲撃がきちんと命中するように指示を出しています。アニメを観る限り、そんなに遠い目標を攻撃しているようではないので、陣地の中から指示が出されているかもしれませんが。
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2015年01月24日

「SHIROBAKO」オープニングのCGちゃん、移籍先でもタイヤを作る

 投稿小説は資料を読み込む。原稿にできる部分は無し。
 模型は細部の塗装と組み立て。胴体下にぶらさげる兵装を変更しようか企む。

 アニメ「SHIROBAKO」の第一クールにて、自動車のタイヤばかり作らされていたCGクリエイターの女の子、第二クールではめでたく別の会社へ移籍していて最新話では仕事を頑張っていたのですが、オープニングにてラストまでを示唆する映像をじっくりと見てみると、このCGちゃん、ここでまた日本の支援戦闘機、三菱 F−1のノーズギア、つまり機首側の脚を作っていたんですね。タイヤの付く部分です。
 またタイヤかよ!
 って、前の会社は自動車のCGの仕事しか取っていなかったところなんで、楽しそうに仕事をしている映像ではありました。
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2014年12月13日

全能者のパラドックス?

 今日もネタは思い浮かばず。気晴らしにジュンク堂までお出かけ。佐藤守さんのUFOと自衛隊の本を見かける。買うかどうか考えよう。

 アニメ「サイコパス2」で、全能者のパラドックスなる話が出てくる。曰く、全能者に自分では持ち上げられない石は作れない、自身が石を持ち上げられなかったら全能者ではなくなるから、というもの。
 パラドックスとか全能者とか言われると、ボルヘス読者としては言わずにはいられない。まず、全能者=神とは石を持ち上げるとか持ち上げられないとかいった、何者かではない。神学者スコトゥス・エウリゲナはこう言った、神は自分が何者かであるか知らない、何故なら神は何者でもないから。
 それでも、全能なのだからできるだろうと言われたら、ブッダ・シッダルタの評伝のように、全能者は地上に自身の影をお送りになられ、その影には持ち上げられない石をお造りになるだろう。
 神学論争から遠い日本に住んでいると、神とか全能者とかいったものをつい人間であるかのように考えてしまいますが、神学の端っこをちょっと覗いてみると世にも不思議な論議が展開されています。それによると、神様は何者でもなく、またあらゆるところに存在するそうです。そんな話がお好きな方には、神学の世界を紐解いてみることをお勧めします。
posted by 匿名希望の茅ヶ崎人 at 00:29| Comment(0) | TrackBack(0) | アニメ雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年09月06日

ヱヴァQ放送さる

 投稿小説は、別の切り口を探そうとするも、傍から見ればただ沈黙していただけに見えるさまに陥る。

 ヱヴァQ、劇場で観てから二回目の視聴となります。
 個人的には、今まで視聴者に暗示されていた綾波の正体などをシンジ君が知るといった展開で若干の解放感を得たものの、恐らく「巨神兵東京に現る」と同じくらいの大スペクタルだったはずのニア・サードインパクトが単なる説明セリフで終わってしまうという肩透かしを食らい、物足りなさを強烈に残された印象ですね。
 わけわかんないのは、テレビ版の終盤から味わっているからもう慣れたよ! 慣れたよ!!
 劇場で観終わった後、みんなで呆然と出口へ向かいながら感じたあの一体感、初見の方は今頃ネットで共有していますか?
posted by 匿名希望の茅ヶ崎人 at 00:20| Comment(0) | TrackBack(0) | アニメ雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする