2015年08月06日

別に日本だけが悲惨だったわけではない

 今日の海原稿は、いつもより三十分ほど遅れて出発。書いた内容もちょっとまとまりがなかった。少し寝不足気味なのも悪いだろう。

 池上彰さんの戦争特集を、早送りしながら流し観する。基本的に、私程度でもこの手の特集は突っ込みどころがわかるので、あまり期待してはいないのだけれど、震洋や伏龍が観られたのはよかったところ。
 ところで、得意分野の面では、ガダルカナル航空戦で日本のパイロットが使い捨てされたという話で、出演者がひたすらに悲惨だ悲惨だと言っていた。が、別に日本だけが悲惨な目に遭っていたわけではないのだ。
 ガダルカナルを守る側のアメリカ軍でも、パイロットが次々と墜とされて亡くなっている。ここは双方のパイロットが大量消費されていく、一大消耗戦の地だったのだ。
 それでもアメリカ軍がここを死守できたのは、日米で開戦する前からアメリカ側が戦争に備えてパイロットの大量育成を始めていたからだった。今ざっと調べたところ、1940年から本格的に育成を開始。当初目的は十万人とのこと。それに対して日本側は、開戦の年である1941年でもパイロットとして選ばれたのは五百数十人。この後、大量育成に着手するのだが、連合軍ほどの大量育成はできず、戦争末期には払底した戦闘可能なパイロットの代わりに未熟なパイロットの特攻へと進んでいくことになる。その頃、アメリカ軍では生き残った新人パイロットが経験を重ねてベテランへ成長して、戦地で、日本上空で猛威を振うことになったのだ。
 そのことを如実に表す数字がある。日本軍が敗戦までに失った航空機搭乗員は三万四千人。それに対し、アメリカ軍が失った搭乗員の数字は、半分以上が欧州戦線でだそうだが、十万人を下らないそう。それだけの戦死者を出しても、最終的には大勢のベテランパイロットが育って枢軸側に勝ったのは、枢軸側よりもはるかに効率的な大量育成のシステムを作ることができたからだ。
 日本の三倍以上のパイロットを失っているアメリカ軍。これを悲惨と言わなくてなんだろう。
 ちなみにイギリス空軍でも、爆撃機乗りが二万人ほど戦死しているそう。第二次大戦前から、次の戦争では敵国を戦略爆撃して勝つとプランを練っており、ドイツとの戦争では大量の若者が戦死すると予想されたが、勝てればそれでよし、とされたのだ。
 彼らは結果的には勝ったから、悲惨とは言われない。日本は負けたので、悲惨だと言う事が出来る。だが勝ったからとて悲惨ではないわけではない。悲惨だと言っても大手を振って歩ける日本に生まれたのだから、この様に勝った側の悲惨さを学んで訴えることができるわけだ。
 まぁ実際のところ、攻め込まれれば戦って抗わないと、基本的人権はおろか命さえ奪われかねないのは変わらないが、この季節限定の戦争特番を観てだまされたり安っぽい悲惨さに心打たれたりせずに、私はちゃんと知ってるぞと胸を張って言えるようにはなります。子供にも何がしかを教えてあげることもできます。
 それが教養というものだと思いますが、如何でしょうか?

 今回、こちら(http://plaza.rakuten.co.jp/intisol/diary/201208170000/ http://www.general-support.co.jp/column/columun17.html http://stanza-citta.com/bun/2008/04/30/66 http://usnp.exblog.jp/6581992/)の記事を参考にさせていただきました。感謝します。
posted by 匿名希望の茅ヶ崎人 at 00:14| Comment(0) | TrackBack(0) | おたく的批評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月14日

毎日新聞読者・広告主の皆さまへ

 投稿小説はじわっと進む。

 本日(2015年6月13日)の毎日新聞の朝刊に、「委縮する社会 不寛容時代に 第2部 4」でアンジェリーナ・ジョリーが監督をした「アンブロークン」が日本上映されないのは、「日本軍への批判を自分への批判と受け止め、冷静に考えられないのかもしれない」との識者のコメント付きで、日本の中で日本を批判する海外からの意見を受け止められなくなっているという風潮のせいにしてますが、違いますよ。
 この「アンブロークン」劇中で、日本では食人が習慣であるという表現がされていて、そんなことあるものかとネット上で大炎上したのですよ。
 そういう風に、自分たちの主張を正当化するために事実を捻じ曲げるようなことをするから、「マスゴミ」などと呼ばれるんですよ。
 それにしても、厭な話です。日本人が知れば、誰だって首を傾げます。少なくとも武田泰淳「ひかりごけ」と元になった通称ひかりごけ事件という極限下の食人を裁いた日本唯一の事例と、佐川一政のパリ食人事件によって衝撃を受けるくらい、日本社会は食人に慣れていないと思うのです。
 それで、日本で上映したら絶対にクレーム続出なのに、日本上映をせずに、多分、日本人が直視できない戦争の真実とかいって売り出すんですよ。違うんだよ、事実とは異なる差別的表現があるから怒ってるんだよ!
 こんな表現をするからには、ハナから日本市場を切り捨てている、というか、アンジェリーナ・ジョリー自身も監督というクレジットを背負っているわけですから、もう日本人相手に演技や監督業をしないと決心しているわけですよね。中国資本と提携するためか何かわかりませんが、ずいぶんとなめられた話だと感じます。
 ……という、様々な感情が渦巻く「アンブロークン」の問題。単なる日本社会の不寛容化という落としどころには収まらないものなはずですが、如何でしょう。毎日新聞の読者の方や、広告を出稿している企業の方々に問いかけたい問題です。
posted by 匿名希望の茅ヶ崎人 at 00:34| Comment(0) | TrackBack(0) | おたく的批評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年09月22日

従軍慰安婦、私が間違っていました

 先日、「従軍慰安婦」は「SEX SLAVE」だと書きましたが、それは違うことがわかりました。訂正して謝罪します。
 元ネタはtogetterのこちら:http://togetter.com/li/719870

 宣伝戦の罠にはまってしまったわけですね。
 ちなみにgoogle翻訳でもちゃんと「Comfort Women」=「慰安婦」と出ました。
 誤った知識を公開してしまったこと、改めて謝罪いたします。
posted by 匿名希望の茅ヶ崎人 at 23:05| Comment(0) | TrackBack(0) | おたく的批評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月18日

沖縄のジュゴン、現状だと全滅必至

 今日も共同通信発で辺野古にジュゴンがいると報道されていますが、そのジュゴンは現状、確認されているのは三頭、母子とオスというお話です。Togetterからですが、こちら(http://togetter.com/li/706191)。
 海外から繁殖のためにジュゴンを連れてこないと、米軍がいようといまいと沖縄では絶滅してしまうのですが、そんな話がマスコミから報じられることはなく。
 このまま絶滅した場合、反基地・反米運動に利用できると踏んでいる人はいるはず。本当にジュゴンが大切だと思うなら、抜本的な対策をしないとダメなようです。マスコミから守ることも含めて。

 ちなみに、tvkのニュースで厚木基地にオスプレイが三度目の飛来と報じていました。神奈川新聞は思想的に朝日新聞的な立場なので、しつこく報道しているんでしょうが、何回目の飛来まで報じるつもりなんでしょうか。
posted by 匿名希望の茅ヶ崎人 at 22:45| Comment(0) | TrackBack(0) | おたく的批評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月07日

その「劣悪」の評価軸は?

 今日も怪談三昧。ただ、投稿小説もじわりと進む。正直なところ、文章の質はあまり高くないと思う。けれどそんなの、あとで直せばいいと言い聞かせて先に進む。

 事件の発覚当初は控えていたけれど、世間で反応があったので少し独り言。
 今の世の中は便利なもので、国会での質疑応答がネット上に書き起こされていて、後から簡単に観ることができます。
 その内の一つ。
 「ニコニコニュース」にて衆院法務委員会の様子が読めます。そこで、吉田有希ちゃん殺人事件にかこつけてマンガを規制すべきだという主張を唱える議員と、反対する議員(双方共に、自民党の議員です)、そして谷垣法務大臣の質疑応答です。(リンク:http://news.nicovideo.jp/watch/nw1097431
 そこで、規制派の先生は、児童ポルノマンガというものを「劣悪」だと言い、劣悪な表現は自粛してもらいたいということを発言しています。劣悪な表現は委縮するべきだと。
 その発言の中の「劣悪」とは、どんな評価軸に照らしたものなのかと問いたいです。
 「素晴らしい創作活動」の例として、例えば「手塚治虫作品」「サザエさん」「ドラえもん」「ゴルゴ13」、それに「ワンピース」「テルマエ・ロマエ」が挙げられています。
 それらと「劣悪な表現」の間に、どんな差があるのかと。

 海外で、児童の性的な姿態や虐待を描いたアニメやマンガを規制していない、と批判されたことを気にされていらっしゃるようですが、そもそも日本と海外での性的コンテンツの扱いには大きな差があることを考慮するべきだと思います。アメリカには、「ドラえもん」はそのまま輸出できません。しずかちゃんの入浴シーンをたまたま目撃してしまう、という場面はアメリカでは禁止されています。
 キリスト教の価値観が反映された法律のある国では、性欲に関しては人間の内面に関して規制をかけてくることを躊躇いません。キリスト教の特徴として、人間の愛情をコントロールする傾向があり、ハイ・ソサエティーにいる人間にとっては、神様に許された「異性間での神に許された愛」=結婚こそが正しいという主張こそが正しいからです(教会で結婚式をすると、神の前で誓いをするでしょう? 愛情は本来、神にこそ向けるべきもので、例外として結婚相手にだけは愛情を向けてもいいですよ、というのがキリスト教の結婚なんですよ)。
 こうした主張は、欧州では徐々に後退していき、フランスでは同性婚も認められるようになりましたが、アメリカでは州によってはキリスト教的な価値観が非常に強い地域もあります。キリスト教の影響が強い国では、避妊さえも禁止され、ストリートチルドレンが問題になっていたりする現実があります。
 彼らの価値観では、異常性愛を抱く人間の心をこそ罰すべきものとなります。十戒を厳密に適応するなら、他人を姦淫する想像をするだけで犯罪となります。夫婦以外へ性欲を向ける人間、その中でも特に目立つ同性愛者、小児性愛者はかっこうの標的です。他人に迷惑をかけずとも、その心が醜いのだと。
 当然、同性愛者や小児性愛者を物語で描くことも醜いでしょう。
 アメリカの映画でも、ゲイが主人公として描かれるのは戦後しばらく経ってから。キワモノとしてカルトムービーで熱烈な愛好者を生む映画は作られても、大衆向けのゲイ映画が作られたのはベトナム戦争が厭戦感情を生み政府への信頼が大きく失墜してからだと思います。
 そのように、性愛に関して非常に厳しい宗教的な規制を設ける国と日本とでは、規制の基準が大きく違うことを、考えてみるべきだと思います。

 翻って、「劣悪な表現」である児童ポルノマンガの規制です。
 その劣悪さとは、どんな評価に照らしたものですか?
 絵のクオリティー? 登場人物の感情の深さ? それとも売上部数ですか?
 それとも、倫理的な正しさですか?
 その正しさは誰にとってのものですか?
 キリスト教?
 規制団体?
 それとも、あなた個人のものですか?



 公の場に長々と駄文を書き連ねてしまい、申し訳ありませんでした。
posted by 匿名希望の茅ヶ崎人 at 00:41| Comment(0) | TrackBack(0) | おたく的批評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする