2014年03月06日

歩兵という言葉のリアル

 ウクライナは、個人的には中国に空母とフランカーの艦載型プロトタイプを売りやがった国という認識。

 それはともかく、某新聞にていわゆる知識人が「今はもう二十一世紀、大国同士の戦争など起こるはずがない」というコラムを書いていたが、その夕刊の一面がウクライナ情勢の記事で、時代は目まぐるしく、現実は怪奇なり、と認識を新たにしました。
 ウクライナのクリミア半島情勢は、黒海艦隊を擁するロシアが、EU側へと大きく舵を切ったウクライナに対して黒海をEUと米国に握られたくないために、艦隊根拠地のクリミア半島を自勢力に置くため仕掛けた、事実上の戦争だと見ているんですが、上述のコラムニスト氏や世にいう知識人の方々がどのように考えているのか、ぜひ知りたいものでございます。
 戦争、というと、日本のマスコミや知識人にとって、日本の関わった前の戦争、太平洋戦争のイメージがかなり強いと思われます。その証拠として、反戦を掲げる方々が使う言葉として徴兵制や軍国主義といったものを多く使うということが挙げられるかと思います。上のコラムにしても、戦争が起こらないという根拠として、兵器の破壊力が増大して双方が兵器の応酬をしたら国が持たないということを訴えています。
 しかし現実にウクライナのクリミア半島で起こったことは、まぎれもない戦争の一種です。この現実の戦争と、日本で使われている戦争という言葉の乖離が、起こっていると言えるでしょう。
 原因として、日本が太平洋戦争において、米国の生産力によって大量に生産・配備された陸海空の兵器によって本土が完膚なきまでに破壊されたという知識があるからだと思われます。島嶼戦における日本軍の玉砕、日本本土に対するアメリカ陸軍航空隊のB−29による空襲、戦争末期には近海からアメリカ海軍艦艇による艦砲射撃まで受けての敗戦。
 餓えと病気による戦病死という側面の強い南方での戦争の記憶を除けば、多くの日本人にとって戦争とは、大空からばらまかれる爆弾や焼夷弾となるのです。
 多くの書籍を読み知識と教養を深めているはずの知識人でさえ、戦争とは兵器の破壊力を以て敵対国を破壊するもの、という知識や記憶から逃れられず、現実で起こっている戦争とはまったく相容れない戦争論を説いている、というのが個人的に認識し納得している日本の状況です。
 この日本人にとっての戦争論には、大きな過ちがあります。
 戦争の目的とは、ある国(ここではA国としておきましょう)が別の国、B国に対して行動を強要することです。この行動には、領土の割譲や不平等な条約への承認、賠償金の拠出などがあげられます。
 この目的さえ果たされれば、別に兵器の破壊力を行使する必要は無いのです。

 クリミア半島の情勢へと例えると、黒海を抑えるために必要な要衝であるクリミア半島をロシアの勢力下に収めるため、ウクライナ本国の行政権を行使できないようにするために、国籍をぼやかした軍隊を急派して行政組織や軍事力を掌握し、クリミア半島へ向かう道路を封鎖してウクライナ新政権からの増援を絶ち、ロシアの影響下にある勢力によるクリミア半島の自治を開始しようとしている。そんな状況です。
 領土ではないですが、事実上の傀儡政権を成立させてロシア政府の命令に従わせようとしているのですから、これはもう戦争と呼んでもいいのではないですか? そしてロシアは、戦争に勝ちつつある、と。

 このクリミア半島情勢に大きな働きをしたのが、謎の武装組織として報じられた歩兵です。NHKでは、国籍不明の職業軍人と報じたらしいですが、このロシア軍の最新装備を持ち、無線通信で完全に統制下に置かれた歩兵部隊は、クリミア半島でウクライナ新政権の行政を担う役人、公務員へウクライナ政権から与えられた仕事をするなと命じたわけです。あえて武装勢力の命令を無視してウクライナのための仕事をしようとすればどうなるか、ウクライナの公務員でない私にもわかります。
 これこそが、ある国に対して行う強要の見本です。どの国が起こす戦争でも、最終的に行うべき行為、占領地の統治です。
 どんなに大量の爆撃機が絨毯爆撃をしても、軍艦が海上を封鎖しても、別の国の行政権を奪う事はむつかしいです。度重なる空襲で瓦礫の山と化した第二次大戦末期の東京でも、政府の命令により粛々と都市の営みは続けられました。警官が治安の維持をして、日本政府の作った法律を守らせていました。東京は町が破壊され尽くしても、それだけでアメリカの法律が適用されたり、日本軍の東京出身者が勝手に連合軍へ投降したり武装解除を買って出たりはしませんでした。それは、日本の政府が敗戦したことを公表し、占領軍がやってきて占領統治するまで、起こらなかったのです。
 そして、占領統治という仕事は、歩兵にしかできません。A国がB国に強要する具体的な項目を伝え、B国の役人へその仕事を強要するのは、歩兵の役割です。歩兵がライフルを持って役人の前に立ち、命令が伝わらなかった時に役人がどうなるか想像せざるを得ない銃口をちらつかせ、役人が強要された仕事を行うのを確認することは、歩兵にしかできない役割です。
 空母を沖合で遊弋させたり、ステルス爆撃機を飛ばしたり、街角に戦車を置いて警備させても、それだけでは戦争の目的を果たせません。逆に、空母が出動しなくても、爆撃機が爆弾やミサイルで何かを破壊しなくても、戦車の主砲が火を吹かなくても、戦争に勝つことはできる。ある国、ある地域の行政機構を歩兵の銃口の前に収めてしまえば、戦争には勝てる。
 歩兵の銃口が適切な場所へ素早く展開することで、戦争は成立し、かつ勝利を得られる。
 今回のクリミア半島情勢は、そんな歩兵という兵科の役割について、現実の中で目の当たりにさせる出来事だと言えるでしょう。

 最後に。表題から想像された方もいらっしゃると思われますが、本記事は押井守監督と岡部いさく氏の対談本「戦争のリアル」の内容を援用したパロディでもあり、「戦争のリアル」という本を援用するとクリミア半島情勢がこのようにも読めるという実践例でもあります。
 現実に起こった戦争に対する感想と、書こうとしていた本書に対する批評があまりにも被る内容になってしまったので、このような内容になりました。どうかご容赦を。
posted by 匿名希望の茅ヶ崎人 at 01:10| Comment(0) | TrackBack(0) | おたく的批評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年02月28日

航空ファン誌の表紙から考えた、ロボットアニメの弱点

 投稿小説は進まないので、本を読みまくる。「空白の天気図」以降は資料と既読の本。

 一応、軍事者としてはロボット物に対する偏見はあるんですが、新作アニメが出れば観るんです。アニメを観ていて、リアリティーがあるかどうかはあまり考えないようにしているんですが、軍事関係はつい突っ込んでしまうんです。だから、ロボット物はちょっと苦手意識があります。
 それというのも、主人公機がなぜ強いのか、具体的な描写が無いのが不満なんですね。ガンダムのファーストは観られました。面白かった。ただ、最近のロボットアニメで、主人公の乗る機体がなぜ強いのか、わかんないことが多いんですね。
 何故なのか。
 今月号(2014年4月号)の航空ファン誌の巻末に、表紙の写真に関する徳永カメラマンのコメントが載っているんですが、これが面白かったんです。写真は、シンガポール空軍のアクロバット飛行隊、「BLACK KNIGHTS」のF−16二機が、垂直上昇しながら左右にブレイクした瞬間なんですが、徳永カメラマンの乗っていたF−16の複座型(F−16D BLOCK52)は人間一人分余計に乗せる装備分に、追加で背中にハンプバックと呼ばれる突起が操縦席から垂直尾翼までつながっていて、その重さと空気抵抗の分だけアクロバット機の単座型より機動性が劣っているので、カメラ機が単座型に追い付くのが大変だったとあるんです。同じF−16でも、単座型と複座型(ハンプバックというおまけつき)でそこまで違ってくるのか!
 翻って、ロボットアニメです。ロボットアニメにはこの、機体の違いによる特性が描かれないんです。空中戦では、個々の戦闘を取り上げて見てみると、この種の特性が帰趨に関わってくるんですよね。例えれば、いま流行の零戦は、最高速度が頑丈な米軍機より劣るので、アメリカ機が急降下で速度を出して逃げると速度制限のせいで逃げられてしまう、とか。
 思うんですが、宇宙空間みたいに重力が関係ない場所ならともかく、惑星の表面で戦っている限りは重力を利用して降下した方が速く逃げられるんですね。ミサイルを撃たれたりとか、レーザーの照準を付けられそうだという時には、実は降下した方が振り切りやすい。でも、降下を繰り返すと高度が下がりすぎて、もう降下できなくなる。左右に逃げるなり上昇するなりしようとすると、降下する時ほど素早くは逃げられない。と、この様に重力でロボットの動きを縛ってやると、各機体の性能差が引き出しやすいんですね。
 機動用ロケットモーターの出力が低いから、下へしか逃げられない旧式機とか、ロケットの出力が高い分だけ機動の回数が限られる格闘機とか。ロケットは強力だし燃料も積んでるから継続戦闘時間が長いけど、積んでいる分だけ重いから機動し始めがとろい機体なんかも作れます。
 そんな縛りの中で、画期的なシステムを積んだ主人公機が、そのシステムゆえに勝利したり、システムのデメリットを突かれてピンチに陥ったり、そういう仕組みを作った方がロボットの個々の機体にロマンチシズムが生まれるし、愛着も湧いて、ついでにプラモも売れると思うんですよね。少なくとも、プロポーションや細部のディテールしか売りが無い主人公機のロボットアニメより、個人的には観たいものになると思います。
 似たような方向性のアニメで先行例として、ガールズ・アンド・パンツァーがあげられます。ただしガルパンの場合、個々の戦車よりもチームの持っている戦車の生産国の個性を引き出していましたけれども。

 ていうわけで、軍事者が提案する面白いロボットアニメ、面白いロボット戦の提案、如何でしょうか。
posted by 匿名希望の茅ヶ崎人 at 00:09| Comment(0) | TrackBack(0) | おたく的批評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月23日

しつこい話ですが、日本ユニセフのこと(現在は天下り団体の一つ)

 しつこすぎると粘着しているという悪いイメージがつきそうですが、こんな発言がありました。
 元高知県知事の橋本大二郎氏のツイッターより引用。
「どこから、この話になったのかわかりませんが、ユニセフは、世界の子供たちを助けるために設けられた、国連の一機関です、一方、日本ユニセフ協会は、ユニセフへの募金など、日本国内で、ユニセフの活動を支援するためにつくられた団体で、現在は、天下り団体の一つになっています」
引用元:https://twitter.com/daichanzeyo/status/50904215345827840

 お母様が日本ユニセフ協会の専務理事をなさっていたので(ブログ:http://daichanzeyo.la.coocan.jp/history1.htmlより)、日本ユニセフ協会にことさら敵意などを抱いているわけではないと思います。関係者からみた実情に近いコメントなのではないかと思います。
posted by 匿名希望の茅ヶ崎人 at 01:30| Comment(0) | TrackBack(0) | おたく的批評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月07日

アメリカの盗聴問題のような事態は、とうに警察白書で指摘されていたという話

 togetterからの話ですが、いま話題になっているアメリカNSAによる友好国への通信盗聴に関しては、日本の警察白書、平成8年で指摘されていたということです。(リンク:http://togetter.com/li/585941)。
 で、この手の話は故トム・クランシー氏が嬉々として小説に書いていそうだなと思って、とりあえず目についた「レインボー・シックス」を開いてみると、件のエシュロンではないのですが、二巻にロシアの暗号化電話を盗聴する場面が出てきました。
 諜報関係には明るくない私でさえ、アメリカが危険な単語を膨大な通信網から引っ張り出して、検出された電話なりメールなりを追跡調査しているという話は知っているくらいですから、スパイものの小説を好んで読む方面には当たり前な話だと思われます。反米方面の方の中にも、「エシュロンが世界中の通信を盗聴している」という主張があったような気がします。
 で、アメリカがやらなくても、冷戦時代に対立していたソ連・ロシアや中国なんかは、技術があれば盗聴もするでしょう。盗聴という形は取らなくても、スパイ活動はスパイ防止法の無い日本では盛んに行われているという話が、佐々淳行さんの本に出てきます。
 得意分野から引っ張ってくると、支援戦闘機F−2を作る時、日米共同開発にされた上に、F−2に使われる日本側の技術をアメリカに開示させられた話があります。スパイではないのですが、外交力でもって技術情報を持っていかれた事例ではあります。スパイ活動というのは、その外交力の代わりに電子技術や人心掌握でもって知りたい情報を手に入れることで、軍事でも経済でも自国に資するものなら対象になり得ます。
 本来なら、政府が対策として対スパイ活動をして国家予算で対諜報用の技術開発をするはずですが、日本はこの分野には法律的に圧倒的に遅れているようで、公務員からの秘密漏えいの防止を目指す特定秘密保護法案もマスコミからの非難を浴び続けています。こんな基本的なことも今まで無かったわけです。

 ということで、知っている人は知っているこの話題。外国のスパイ活動を取り締まる法律に反対するマスコミが、外国のスパイ活動を非難するという微妙におかしなことになっています。

 余禄。
 特定秘密保護法案に反対する理由として、マスコミは政府側、というより行政当局の側といった方が正しいでしょうが、国の機関が何を特定秘密にするか、何をすると違法になるのか、恣意的な運用がされるのではないかと危惧しています。
 この危惧については、私のような東京都の「都が指定したマンガを書店の(あまり見かけなくなった)18禁コーナーへ移動させる」という都条例に反対する人間には耳慣れたものだと思います。日本の法律って、基本的に取り締まる機関が取り締まりの内容をその都度検討して決めるものなんですかね。自動車の速度違反が厳しくなったり緩くなったり、現場の警察官が決めますし。
 個人的に、現場の個人の裁量で決められる合法と違法の閾という考え方は、曖昧すぎて遵法精神にマイナスの影響を与えているので、犯罪発生率を低下させるには相応しくないと思ってます。もし本気で防犯と犯罪発生率の低下を目指すなら、きちんと違法の定義を文章化するべきだと考えています。
 それと、上記本文の観点から、特定秘密保護法案には賛成で、参議院において特定秘密の適応範囲が適当かどうかを監視する委員会を設置して恣意的な運用を防止するべきだと考えます。
posted by 匿名希望の茅ヶ崎人 at 00:17| Comment(0) | TrackBack(0) | おたく的批評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年09月17日

オランダの裁判で下された「マンガは児童ポルノにはあたらない」

 こんな話ばかりで申し訳ない。
 日本では児童ポルノ規制法の改正案で、マンガやアニメやゲーム、つまり「絵」を規制対象に含めるかどうかで私なんかが注目していますが、規制派の言い分に多いものに「海外では規制している」というもの。実際に、あるブラジルで行われた会議(だったかな)で日本を名指しで児童ポルノの発信地であると言われたり、エロゲがイギリスで騒ぎを起こしたり(個人輸入されたゲームが火元とか)、それっぽい騒ぎがあるのも事実。
 ただし、海外からはっきりと「日本のマンガやアニメ、ゲームは児童ポルノ」と言われた事実は報じられていないかと存じます。事例があったらぜひご教示を。
 それはともかく、海外では絵を児童ポルノに含めるかどうかに関して、司法が判断を下した事例があるようです。まずはオランダで、こちら(http://www.jfsribbon.org/2013/09/blog-post.html)。
 ドイツでも(http://www.jfsribbon.org/2013/08/blog-post_24.html)。
 詳しくはリンク先の「うぐいすリボン」さま(http://www.jfsribbon.org/)でご覧ください。素晴らしい活動をなさっています。感謝!
posted by 匿名希望の茅ヶ崎人 at 23:14| Comment(0) | TrackBack(0) | おたく的批評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする